2018年06月11日

東北本線旧線について

  愛子運転所さんの画像である東北本線旧線(山線)について。

 明治23(1890)年に、東北本線の岩切駅−一ノ関駅間が開業した当時は、岩切駅から利府駅・(旧)松島駅を経て品井沼駅へ向っていたが、最大16.7パーミルの勾配が存在し、貨物などの長大列車では補助機関車を連結する必要があり、輸送上の大きな問題となっていた。
 太平洋戦争の激化により、船舶不足が深刻となったため、貨物輸送を従来の船舶から鉄道へ切り替える事が急務となり、東海道本線・大垣〜関ヶ原間や函館本線・大沼〜森間など各地で勾配緩和のための新線建設が盛んとなった。同様に東北本線の岩切駅〜品井沼駅間においても、勾配緩和区間として昭和19(1944)年11月15日に陸前山王駅〜品井沼駅間に新線(海線)が開業(同時に岩切駅〜陸前山王駅間を塩竃線より編入)し、従来の路線を山線と称して主に旅客列車を運行させ、 海線は貨物列車を運行させるという、2つの経路が併存する形となった。
 やがて、沿線人口が多く、松島などの観光地も近い新線(海線)側が主要区間となる事が多くなり、昭和31(1956)年に優等列車をはじめ旅客列車がこの海線を運転する様になり、利府経由の山線は普通列車による地域輸送が主な役割となった。そして、東北本線の輸送力増強を目的とした複線化が、新線側で行う事が決定したために、2つの経路の存在意義が薄れて、山線区間が廃止される事になった。昭和37(1962)年4月20日に松島駅(旧駅)〜品井沼駅間を、7月1日には利府駅〜松島駅(旧駅)間が廃止された。
 ただし、新線経路上で利府駅に替わる駅がなかった事もあり、利府駅周辺の利用者の便宜を図るために、岩切駅〜利府駅間は利用者が少ないにもかかわらず廃止を免れた。
 
posted by 管理人:錯乱坊 at 22:06| Comment(0) | 撮ったんだず
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