2019年09月27日

【ぶらり父子の旅‘19夏】

 今年の夏休みもまた、性懲りもなく乗り鉄を企てた父子。
 ここ数年、お盆休みの恒例行事となっている様な我が家の男二人旅。相変わらず愚息はまだまだ乗りたい鉄道路線があり、無理難題を行って来る時がある。もっとも、小生にも、乗りたい路線がある訳なのだから仕方ない話かもしれない。
 お疲れ気味の小生は、近場でいいかなぁと思って相談した所、時刻表とにらめっこしていた愚息は「只見線に乗りたい!」とまた無謀とも思える事を言い出した。そこから、二人して乗り継ぎの時間を調べてみたりして、何とか行程表を作ったのであった。

 8月15日の朝。爽やかな晴天の下、「小さな旅ホリデー・パス」を手にして、山形駅から山形線(奥羽本線)列車の車中の人となる父子。福島までの乗り換えなしで、各駅停車と板谷峠越えの様子をゆっくり楽しみたくて普通列車を選んだのであった。
 朝早い出発となったが、運転席側の大きな窓から先に延び行く線路と広がる景色を、客室の窓からは夏色に輝く故郷の景色を楽しみながら、まだ乗らない路線へと心は弾んでいたのである。乗っているのは、719系5000番台電車。初代山形新幹線400系電車より先にデビューして走り続けているが、この先いつまで活躍していてくれるのだろうか。
 米沢駅に到着。乗り換える事もなく、ただ、乗務員さんの交代(運転士・車掌共)がある様で、ここからの乗務員さんのお二人は、ともに女性の方であった。なんだか和らいだ雰囲気の列車になった様だ。列車は、次第にきつくなる勾配を登りながら、先人達が難工事の末に開通させた鉄道線を進んでいくのであった。しっかりとスイッチバックの跡や各駅の様子・峠駅での立ち売りを確認しながら行けるのは普通列車ならではの楽しみ。そのスイッチバック跡を見掛けては、つい昔ばなしをする父に、どこまでイメージを膨らませて素直に聞いてくれていたのかなぁ。
 庭坂の大カーブを過ぎたあたりから、再び車窓が開け果樹畑を過ぎ、福島市の街へと近づく列車は、山形新幹線との分岐点からそのまま地平を進み、東北新幹線へと乗り入れする山形新幹線のスロープを見ながら福島駅の在来線ホームへと到着したのである。

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  山形発「福島」行・719系5000番台。
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  山形新幹線のスロープを望む。

 福島駅からは、すぐの接続となる新白河行きの普通列車へ。仙台からの列車は、やや混んでいる感じで、最後尾車の運転席付近に立ち展望室気分で東北本線を進み、上下線の離合や途中駅の配線にその歴史と幹線である所以を見つけて歓喜しているうちに郡山駅に到着。
 次の列車までは30分以上もあるので、広い構内と停まっている列車群や見るものあるものに、カメラを向けて思い思いに駅撮りを楽しんだ。長い編成のタンク車しかりEH500型電気機関車に、貨物輸送の一大拠点である事を来るたびに感じさせられている。そうそう、降りたホームの線路を挟んだ隣のホームには、ちょうど水郡線のキハE130系気動車も停まっていた。乗ろうと思えば乗れるのだが、今回の目的とは方角が違うし、また別の機会に水郡線の旅を楽しむ事にしよう(と、来るたびに同じ事を思っているのだが)。
 まだ時間に余裕があるので、気分転換を兼ねて郡山の街の空気を吸いに駅の外にも出た。ほどなくして、今度は磐越西線のホームへ。折り返しとなるのか、まだ列車はなく、乗車口にも先頭で待てたおかげで、混み始める前にしっかり好みの席に座る事が出来た。事故車の代走として、現役を離脱したはずの719系が運用についているとの話を聞いていたので、ちょっと期待して来た磐越西線(福島まで乗って来ただろうと言われそうだが、アレは同系5000番台)なので、どこかで会えるのかも楽しみの一つでもあった。
 いよいよ、数年振りの同線。振り返れば、愚息と二人で「ばんえつ物語」号に乗りたくて来たのだった。やはり、朝早く出発し、乗り継ぎを繰り返して、山形からは限界となる野沢駅まで行ったのだった。その時に牽引した蒸気機関車は「C61−20」号機で、間近に見る大型機関車に驚いていた愚息が可愛かったなぁ。
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  国鉄時代の忘れ形見。
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  EH500型(奥)とキハE130系気動車(前)。

 地元の近距離と観光の利用者を乗せた列車では、朝早かったのと外気の暑さが相まって、心地よい空調に、車窓を楽しみたいのに、ふと眠気がさした愚息。磐梯山や車窓の風景が眠気を弾いてくれたのか、いつの間にかカメラを構えていたのであった。たしか、猪苗代湖付近の某駅でレンタサイクルを利用して撮り鉄をした事を思い出し、もし今も利用出来るのであれば、自家用車での移動より楽しい事を愚息に教えてやりたいものだと思ったりした。ん?高畠サイクリング例会で一緒にレンタサイクルで楽しんでいたか。
 会津観音が見え、さりげなく右側から線路が寄り添ってくると、間もなく会津若松駅である。会津若松は、小生の好きな街の一つでもある。只見線の乗り鉄を楽しむついでに(接続列車まで時間が空くので)、昼食とプチ観光を楽しむつもりでの途中下車。会津若松駅前から、「まちなか周遊バス」が会津の歴史や魅力を周回コース(1乗車210円・小人110円)で、会津のシンボル「鶴ヶ城」や白虎隊臨終の舞台「飯盛山」などを案内してくれるとか。せっかくなので、駅からも近い「飯盛山」を、中学生になった愚息に、あらためて見せてやりたいと思い「まちなか周遊バス」で向かったのである。初めて訪れた小学生の頃から、何度も訪れているはずなのに、駅から真っ直ぐ1.5qと鉄道旅行者にはうってつけな観光スポットだったと、今更ながらバスに乗って気付いたのだった。幕末の大きな時代の流れの中で戊辰に散った白虎隊の霊が眠る場所。「白虎隊」の兵士の年齢は、今で言えば高校1・2年生くらいか。しかし、自決して亡くなられた兵士の中には、ちょうど愚息と同じ年齢の方のお墓もあるのだ。たしか、白虎隊と行動を共にしていた少年兵だったかも。主君にあまりにも忠義を尽くすばかりに悲しい最期を遂げた少年達の話に、内乱も戦争もないこの時代を生きる愚息だが、あの頃の小生と同じ様に少なからず心に響くものがあった様だ。そして、同じ飯盛山に建立されている「さざえ堂(円通三匝堂:えんつうさんそうどう)」を拝観した。不思議な二重構造のらせん階段で上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、たくさんの参拝者がすれ違うこと無く安全にお参り出来る。
 どちらかと言えば、ボーっと生きている様な愚息(担任の先生の話では、学校での様子が違うらしい)には、訪れた土地の様々な物と歴史や人に触れながら、たくさんの事を知って心豊かな人になって欲しいと願う父。
 麓のお土産屋兼食堂で昼食としたのだが、食べるより先に、この日も暑かったので、とりあえず冷たいものを。そう、冷えたビールを頼んだ父と冷えたコーラを頼んだ子は、シュワシュワした泡がのどを通る爽快感に生き返った心地であった。一緒にビールが飲める日まであと何年・・・。
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  お城をイメージした会津若松駅。
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  「飯盛山」にある少年武士慰霊碑。
 
 それぞれ、ソースカツ丼や喜多方ラーメンでおなかを満たし、再び会津若松駅に戻る。バスが遅れているらしく、只見線の列車に間に合うのか気を揉んでしまったが、若干の余裕を残して改札を入り只見線の列車へ。キハ40型気動車の東北色が懐かしい。混んでいるのかなぁ?見るからに御同病の方々が大半な様だが、1ボックスを確保出来たのでのんびり車窓を楽しめそうだ。列車は街を抜け、七日町駅で会津鉄道線と別れて、田園風景の中を進んで行く。稲の育ち方が山形より早いのか、そういう品種なのか、稲の背が高い様だ。会津坂下駅では、交換列車との待ち合わせのため、少し長めの停車時間を有効にホームに降りて、駅撮りを楽しんでみた。再び走り出した列車、窓の開く車両も少なくなったし、自然の風を感じたいと窓を開けた。山間に向かっているから涼しくなっているのかなと思っていたら、雨が・・・。通り雨だったのか、ほどなく晴れて来た。会津柳津駅には、C11型蒸気機関車と腕木式信号機が展示保存されている様だ。夏祭りでもあるのか駅前に飾りを見つけ、人々の集う姿を思い浮かべたのであった。でも、山の季節は、秋めいているのか会津桧原駅で停車した際に、大きく栗の実がなっているのを見つけた。車窓に沿う樹々の間から、川面が見え隠れし始めているのに気づき、「あ、只見川かな。」と、いよいよ、この路線らしい雄大な車窓風景が見て楽しめるのに嬉しくなってきた。
 川幅が広く水深も深そうな只見川に寄り添い時に渡りながら、ずいぶん前の事だが「SL只見号」を、只見駅まで車で追っ掛け撮影に来た話をした。愚息は、煙を吐き力強いSLを見てとても喜んでいた事を、当然の様に「記憶にない。」と言うのである。所詮、幼子の頃の記憶なんてそんなもん。しかたがないから、只見線が敷設された話を会津宮下駅付近にあった発電所を例にして、只見川と発電所、ダム建設の資材運搬のために敷設された事を話したのである。会津川口駅が近づく頃、青空が広がり、川面が輝く様に青く、周りの山と空を映していた。只見線は、この先、只見駅そして、新潟県の小出駅へと伸びているのだが、平成23(2011)年新潟・福島豪雨の影響で、会津川口〜只見駅間の運転を見合わせ、バス代行輸送を行っている。会津若松駅からの列車は、ここ会津川口駅が終点となり、折り返し運転となっている。
 ここでの滞在時間は30分足らず。只見川と列車を一緒にした写真を撮りたいのだが、確かに、駅撮りでも撮れなくもないのだが、川を広く見渡せるベストポジションな場所まで行くには時間が足りない。近くでも撮影の出来そうなところはと、駅から建物の隙間や空き地を探し歩く事数十メートル。も歩かないで、幅の狭い道を見つけ入ってみたら、これまたお手軽だけど絶好の撮影ポジション。列車が大きく撮影出来たし駅の雰囲気も撮影出来たし思わぬ発見だった。
 駅前の商店で、帰りの車中に持ち込む物を購入し、再び会津川口駅へ。まだ発車時刻まで時間があり駅撮りを楽しむ。乗客のほとんどは、先程と変わらないような顔ぶれだが、改札を出た方が皆無に近い感じだったし、どこで何をして過ごしていたのだろうか。
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  只見川に映る空と山。
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  会津川口駅にて。

 乗って来た列車は、ホームに横付けされたままであったので、そのまま乗っていた方がほとんどだったのか。若干の席替えをして、会津若松行きとなる。すっかり空は明るく晴れ渡り、山間の夏の名残を惜しむかの様に照らす太陽を浴びて走る列車。そして、お決まりのビールは、何本目か。来る時に見つけた物や場所をもう一度確かめてみたり、来る時には気付かなかった物を見つけてみたりしながら、只見川と別れて田園風景の中へ。
 結構、影が伸びてきたなぁと思っているうちに七日町駅に到着。交換列車との待ち合わせのため長時間停車。やって来た列車は後ろに「只見ユネスコエコパーク」のラッピング車両が連結されていた。続いて、会津鉄道の列車もやって来て、間もなく発車となったのである。
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  只見ユネスコエコパークのラッピング。
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  会津鉄道もラッピング車両。

 会津若松駅に到着。しかし、素直に郡山駅に向かうはずもなく、夕食を兼ねて寄り道しようと喜多方行きの列車へと。喜多方と言えば、喜多方ラーメンを食さねば。父は良くても、子はお昼に食べていた様な・・・。だが、「ラーメンで大丈夫。」と、飽きないのは誰に似たのやら。ラーメン屋さんを探して歩く時間もなかったので、駅前直ぐのラーメン屋さんへ。ってか、喜多方に来るたびに、よく入る店だったりするのだが。
 店内には、「ばんえつ物語」号の写真が数枚飾られていて、ラーメンが出来上がるまでの時間は、鉄道愛好家には嬉しい前菜になっているのかもしれない。それを見ながら呑んでいたりして・・・。
 お盆ともなると、日が暮れるのがめっきり早くなったのを感じる中、喜多方駅からは。急行色のキハ47型DCで会津若松駅へ。
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  蔵をイメージした喜多方駅。
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  急行色をまとったキハ47型。

 隣りのホームには郡山行きがすぐの接続で待っていた。混み具合もそこそこに、何とか二人並んで座れたのには、ほっとしたのだった。車窓を眺めても、暗がりばかりで(もっとも、ロングシートに座った身には、ほかの乗客達が目の前に立っているのだが)何も見えないのと同じである。「終点まで乗るのだから、寝ても良いよ。」と、疲れが出て来た子に言いつつも父も眠かったりしていたのは呑みすぎか?
 突然、停車駅でもない山間の暗がりの中で、軋むような音を立てて列車は止まった。すぐに「鹿と衝突した。」との放送が流れ、「確認のため、しばらく停車する。」とも。乗務員さん達は、車両や線路の周りを点検し、鹿の姿がない事と車両に異常のない事を確認したものの、すぐ運転再開とならず、なんだかんだで郡山駅には34分遅れて到着。車掌さんに相談していたものの叶わず、無情にも予定していた山形新幹線「つばさ157」号とは接続を取らなかった。最終列車でなかったのが救いだったのかもしれない。
 郡山駅では、指定席券の変更を。事故での振り替えとして、あらためて「つばさ159」号の指定券を発券してもらう。今日中に山形へ、我が家に帰れる事に安心し、心とお腹に余裕が出たので、新幹線ホームに上る前に夜食として「駅そば屋」へ寄ってみる。新幹線ホームに上がれば、当駅発着の新幹線や通過する列車を見ながら、「つばさ」号を待った。
 やがて「つばさ」号が入線。乗り込み郡山駅を後にした。暗く静まり返った様な車窓、その窓に映る子を見ながら、どこか頼りない我が子であるけれど、道中のいろんな場面で成長している姿に、缶ビールを飲みながらしみじみ嬉しく思う父。
 父子を乗せた「つばさ」号は、いつしか夜の山形駅に着いたのであった。来年の夏も、これからも二人旅が出来るといいな。いつか、巣立つ様に一人旅に出掛けるその日まで。

   鉄道友の会山形支部・支部報 気動車急行「出羽」令和元年秋号 より









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2018年01月29日

「GO!かくだ切符」販売

  阿武隈急行「GO!かくだ切符」販売 

 厳寒の頃。そして、受験シーズンたけなわなこの時期、志望校に向けて頑張っている皆さん。中には大好きな鉄道を楽しまずして、追い込みに賭けている鉄道少年達も多くいる事だろう。
 自分自身の力を信じて目標に向かうのはもちろんの事だが、時として、己の限界を感じてしまい、つい神頼みをしたくなるもの。山形県内であれば、高畠町にある学問の神様「亀岡文殊」などにお願いに行かれるご家族も多かろう。

 さて、この時期に合わせて、宮城県の槻木駅と福島県の福島駅を結ぶ阿武隈急行(阿武急)では、受験生の合格を願う「GO!かくだ切符」を販売している。
 切符は、角田駅(宮城県角田市)へ向かう意味の「GO(ゴー)!角田(かくだ)」と「合格だ」の語呂合わせではあるが、いずれも学問の神様をまつる天神社の最寄り駅「やながわ希望の森公園前駅発角田駅行き」の乗車券。お守りの形をした切符で、大きめのデザイン切符・キーホルダー・ストラップの3種類を販売している。

 販売駅は、福島・保原・梁川・丸森・角田の各有人駅。
 また、通信販売も受け付けている。
 問い合わせは、阿武急本社(024−577−7132 info@abukyu.co.jp)まで。
 
  実際に切符を買って合格した方からの報告もあり、御利益があるそうです。
 合格した暁には、受験勉強の疲れを癒しながら、新しい生活への期待と共に、阿武急線に乗ってみるのも良いかもしれない。まずは、ご武運を祈る。
タグ:耳より情報
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2017年12月13日

【ぶらり父子の旅】

 いつもの夏休みならば、庄内は湯野浜での海水浴が、我が家の定番行事となるのだが、毎年、小生の本業都合でお盆までお預けとなる始末である。今夏は、8月の声が聞こえたかと思えば、我が家の死活問題とも成り得る雨の日が続いたのだった。そのような天候の為、海水浴へとの気分でもないし、はてさて如何したものか。そうだ乗り方でもしようかなと愚息に相談したのである。海に行きたいはずの愚息ではあるのだが、どうやら乗りたい路線があったらしく、話は進み、予てより乗りたかった「阿武隈急行線(阿武急線)」と、再訪したい「福島交通飯坂線(いい電)」そして、あわよくば新型車両の乗車を、男二人での旅を楽しむ事になったのだ。

  8月15日の朝。やはりなのか雲行きが怪しく、先行きが心配ではあるものの、「小さな旅ホリデー・パス」を手にして、山形駅から仙山線列車の車中の人となる父子。近頃、やたらと幅を利かせた様に運用に着いているE721系1000番台電車に揺られ仙台へ。面白山トンネルを抜けた辺りから次第に雨脚が強くなり始め、車窓を楽しむ気分になれそうもないでいたら、途中の列車交換駅にて、701系電車を見つけては、つい目を奪われてしまったのである。
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   阿武隈急行8100型。
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   重宝した「飯坂温泉日帰りきっぷ」。

 仙台駅からは阿武急線との接続駅である東北本線槻木駅へ。阿武急線といい電を通し利用出来るフリー切符(しかも飯坂温泉の入浴券付き)「飯坂温泉日帰りきっぷ」がある事を調べて出かけたのであるが、販売カ所が限定されているらしく、事もあろうに槻木駅での購入は不可。しかも、列車内では購入出来ないとも。それって、仙台側からの利用を想定していないのか、利用者が皆無だったのか。購入出来る有人駅以外で降りたならば、正規料金での乗り降りを繰り返さなければならず、かなりの負担を強いられるのだろう。阿武急線本社に問い合わせしたところ、途中の有人駅か終点の福島駅で精算時に、フリー切符を購入しても構わないとの回答があり、今回は、とりあえず『乗る!』が目的の阿武急線なので、車両基地のある梁川駅(有人駅)で途中下車するつもりでいたので、槻木駅から、乗車券を購入せずに、昭和の香りが漂う阿武隈急行8100型に乗り込んだのである。どこか国鉄型車両の面影がある車内に懐かしさを覚えた小生と、古い車両に興味津々の愚息は、出発までの時間を、観察と記録に明け暮れたのだ。
  槻木駅から分かれた阿武急線は、東北本線のバイパス路線として福島―槻木間に計画されて着工されたものの、槻木駅から丸森駅までの開業に留まり、やがて国鉄の赤字ローカル線として廃止対象路線となってしまう。その未着工区間の建設と営業を引き継いで第三セクター鉄道「阿武隈急行」が、昭和59(1984)年に誕生したのである。昭和61(1986)年7月1日に、国鉄からの転換により、槻木―丸森間を非電化で暫定開業し、譲り受けたキハ22型で運転されたのである。昭和63(1988)年7月1日 に、丸森−福島間を延伸開業し全通、全線を交流電化とした。
 さて、同線は全線単線のまま、山間へと。時折、阿武隈川と寄り添いながら、進み行くのだが、朝からの雨もあり、窓の開く列車なのに開けられず、川面は増して濁り、せっかくの車窓の風景が半減されてしまったのかもしれない。しかし、そこは、初めての路線と風景でもあり、それなりの発見と揺れを楽しみながら、梁川駅へと着いたのである。精算は、フリー切符で済まし、改札の外へ。ホームから福島寄りに車両基地を見つけていたので、次の列車までの時間まで散歩に出掛けた。変わった塗色の車両を見つけては、いぶしがる父子(予備知識が無さ過ぎるのかも)でもあった。また、駅前の伊達市役所梁川支所の敷地内に、原発からの放射能で汚染された土壌が置かれていたのに気づかされ、もちろん、放射能レベルは安全な物になっているのだが、まだまだ、あの震災からの復興は道半ばである事に、あらためて心を痛めたのである。
 再び、阿武急線に乗車をと。ホームに留まっていたのは、当駅始発となる列車で、しかも、さっき見つけた変わった塗色の車両なのだ。派手というべきか、何かのキャラクターが描かれているではないか。それは、福島と宮城をつなぐ同線が戦国時代の人気武将「伊達政宗」ゆかりの地である伊達市を舞台にしたアニメ番組とタッグを組んで、同線をもっと楽しむプロジェクトをスタートさせ、「伊達なトレインプロジェクト」と銘打って、阿武隈急行沿線の魅力を発信していくとの事である。どんなアニメ番組なのだろうと考えながら、そうかココから伊達家が始まったのかと、古に思いを馳せながら、流れ行く車窓を眺めたのである。
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    伊達なトレインプロジェクト色。
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      阿武隈川に寄り添い。

  そうこうしているうちに、東北新幹線と東北本線を交差し、果樹畑や市街地が見えて来て福島駅に到着。昼時に、久々の賑わいのある街に着いた父子は、「いい電」に乗る前に「まずはご飯。」とばかり店を探すものの、当然の様に混んでいる訳で、ホリデー・パスを入場券代わりに福島駅改札内へ。店は少ないものの、麺類に洋食にと店を選べられたのには、一安心。お腹が落ち着いたところで、いよいよ「いい電」を楽しむのである。1月の宿泊例会以来になる同線。季節が違えば沿線の趣も違うもので、緑豊かな沿線風景が車窓を楽しませてくれている。沿線の街並みや空気感を感じて、途中下車と駅間の散策を繰り返し、撮影場所を探し歩けば新しい発見も出来た。いい電の今を、それぞれのカメラに収めて終点の飯坂温泉駅へと。気が付けば雨が止んでいる空の下を、気ままな足どりで辿り着いたのである。
 辿り着いた安堵感からなのか、はたまた達成感からなのか、程よい疲れが出てしまったので、早速、旅の目的の一つでもあった温泉への入浴を目指す。日帰りきっぷでの入浴は、提携施設の中から一カ所を選んで利用出来るとの事だった。宿泊例会でお世話になった「福住旅館」も利用出来そうで、律儀にも愚息が「また入りたい。」と言うものだから、同旅館へ向かったのである。大浴場には、時間帯がそうなのか、誰一人も居ず貸切状態。しばし、旅の疲れを流しては、ゆっくり湯に癒されたのである。
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     医王寺前−花水坂間。
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     飯坂温泉駅にて。

  さぁ、後は帰り道となるのだが、福島駅からの「つばさ」号の出発時間まで、まだ早いし、新幹線の撮影を楽しんでも良かったのだが、肝心な新型車両1000系電車の動いている姿をまだ見ていない。これから桜水駅を始発とする夕方からの運用に着く車両があるはずだが、もしかしたなら。飯坂温泉駅から福島駅に直行せず、本日二度目の桜水駅で途中下車。車両基地では、出発準備を行っている同車両を確認し、春の運転開始から、乗りたいと思っていたものだから、変に気分が高揚してしまった父と子。同駅から一度、飯坂温泉駅へ行き、そこから福島駅に向かうらしく、駅の外から走っている姿をまずは見たい(撮影したい)父だが、乗り心地を堪能したいと言う愚息の気持ちを汲んで、ホームに入る同車を待って、期待に胸を躍らせながら乗り込んだのである。
 25年ぶりの新形式車両は、これまでの飯坂線の歴史と、お客様や沿線の皆様への感謝、そして未来へのメッセージを込めたデザインで、沿線の皆さんの生活の中で、より親しまれる事を願っているそうだ。そうであってほしいものである。
  その車両は、とても優しく楽しい電車となり、難しい機械的な事は置いといて(これが大事なのかもしれないが)、車内には、広い車いすスペースや停車駅の案内をする液晶車内表示器が設置されていた。車内放送は二カ国語対応となり、英語での案内も加わり、国内外からの多くの利用客が飯坂温泉または福島市内を楽しんで旅が出来る事と思う。また車両の前後には「飯坂温泉」「ゆ」の暖簾(のれん)が掛かり、窓には、飯坂温泉の四季をイメージした福島市のキャラクター「ももりん」のイラストラッピングが施されている。四季のイラストには、それぞれどこかに「ブラックももりん」が隠れているので、探してみるのも面白いかもしれない。
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     GOOD TRAIN いい電。
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     1000系出区。
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     車内表示器と暖簾。
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     明るく温もりが溢れて。

  たっぷり「いい電」を楽しみ、再び福島駅に到着。新幹線ホームに上る前に夕食としたく、とある友人お勧めの新幹線改札内にある「駅そば屋」へ寄ってみる。当駅では、乗り継ぎでもしない限り寄る事もなく、昨今、めっきり少なくなった立ち食いそば屋さんだもの、懐かしさと旅の醍醐味を味わった気分になった。美味しかった。
  新幹線ホームに上がれば、行き交う新幹線にトキメキ、乗っていれば絶対に見る事の出来ない「やまびこ」号と「つばさ」号の併結作業まで見る事が出来たのである。
  やがて、旅の最後となる「つばさ」号が入線して来た。程なくして山形へ戻るために乗り込み、静かに福島駅を後にした。すっかり暗くなった車窓を眺める愚息も楽しかった様で、同じ趣味をいつまでも楽しんで行けたならばと、缶ビールを飲みながらしみじみ思う父である。父子を乗せた「つばさ」号は、いつしか夜の山形駅に着いたのであった。
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     新幹線改札内のそば屋さん。
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     福島駅に停車中のE5系。
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     ここでしか見られない光景。
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     無事に山形到着。

    鉄道友の会山形支部・支部報 気動車急行「出羽」平成29年秋号 より
  

   

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2017年06月18日

メモリアルイヤー

  あれから〇〇年・・・。

 あの日あの場所は、一際華やいだ雰囲気と祝福の歓声に包まれる中、期待と不安が入り混じりながらも、新たなる旅立ちの瞬間を一緒に待っていた君の輝かしい姿が懐かしく、寄り添いながら伸び行く一条の路を走り続けている訳で、悲喜交々いろんな事があった。あらためて振り返ってみると、今年(平成29〈2017〉年)は、大きな節目の年である様だ。
 今でこそ、そうであるのが当たり前かの様に過ごしている日常。どんな日も、ひたむきに走り続けてくれている事に、時として、感謝を忘れては理不尽な思いをぶつけてしまってはいないだろうか。
 今日から明日へ、ずっと一緒に走り続けたいものである。

 今年は、3月22日に開業20周年を迎えた秋田新幹線を皮切りに、JR東日本の新幹線は周年記念を迎える。また、山形県内の在来線においても、全線開業の周年記念を迎える路線がある。

 新幹線開業年月日
東北新幹線(大宮ー盛岡) 昭和57(1982)年 6月23日 35周年
上越新幹線(大宮ー新潟)            11月15日 35周年 
東北・上越 大宮ー上野    60(1985)年 3月14日
      上野ー東京  平成 3(1991)年 6月20日
山形新幹線(東京ー山形)    4(1992)年 7月 1日 25周年
秋田新幹線(東京ー秋田)    9(1997)年 3月22日 20周年
北陸新幹線(東京ー長野)            10月 1日 20周年
山形新幹線(山形−新庄)   11(1999)年12月 4日 18周年 
東北新幹線(盛岡ー八戸)   14(2002)年12月 1日 15周年

 山形県内在来線全通年月日
陸羽東線(鳴子ー羽前向町間開業)大正 6(1917)年11月 1日 100周年
左沢線 (寒河江ー左沢間開業)   11(1922)年 4月23日  95周年
仙山線 (作並ー山寺間開業)  昭和12(1937)年11月10日  80周年
 
 大きな周年行事の有る無しに関わらず、無理のなき様に秩序を守りながら特別な日をお祝いして頂ければと願っております。先人達の鉄道建設に掛ける思いを噛み締め、後進の小生達は、これからの鉄道を楽しむ事ばかりでなく、地域や沿線と共にあるべき姿を、しっかり考える時期に来ているのかもしれませんね。
 
タグ:記念日
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2017年04月07日

みらい行きの切符


 鉄道界では、あの国鉄分割民営化から30年が経ち、新事業体として発足したJRグループが30周年となる節目の年となった平成29(2017)年。この春、業界や趣味界において、様々な思いを抱きながら新年度がスタートした訳である。
 そんな中、子鉄達の中にも、いよいよ自分の切符を手に大好きな列車に乗れる春を迎えたお友達がいる事だろう。小学校ご入学おめでとうございます。

 今春の入学は同22(2010)年4月から同23(2011)年3月生まれのみんなで、入学式もたけなわかと思うが、新生活を迎えるのにあたり、ワクワクドキドキしているのかもしれないよね。これから、たくさんの出会いや出来事を通して、ゆっくりで良いから成長していってね。そうそう、お勉強の時間には、鉄道趣味で覚えた事が、時々だけれど、きっと役立つこともあるかもしれないから、しっかり先生のお話は聞く様にしてね。そして、たくさんの事を覚えて、未来に向かって大きな夢を描いてみようね。

 小学生となれば、お父さんお母さんはじめお家の人と出掛ける時には、どの乗り物もそうだけど、大人の人と同じ様に、一人ひとり一枚の切符を手にして列車に乗らなければいけなくなるけど、切符と一緒に旅する事の楽しさが、鉄道趣味の世界を広げてくれると思うよ。お家の人の懐の負担が増えるかもしれないけれど、我が家の子鉄のため、大目に見てやってもらえれば、永遠の鉄道少年である小生としては嬉しく思うのである。

 鉄道の旅をするには、普通乗車券ばかりでなく、各鉄道会社では、親子(自称も可?)が一枚の切符で利用出来るフリー切符などがあるので、ぜひ、利用して、貴重な小学生時代の思い出を作ってみて(作ってあげて)は如何だろうか。
  小生のお勧めは、

「福島交通−飯坂電車」
   1日フリーきっぷ 当日限り有効800円 
1枚で大人1名と小学生1名と幼児2名までが、飯坂電車全線を自由に一日乗り降りすることができて、共同浴場入浴券も付いて、かなりお得。

「山形鉄道」
   土・休日フリー切符 発行日より6ヶ月以内、乗車日当日限り有効1000円
1枚で大人1名と小学生以下2名まで、フラワー長井線全線乗り放題、土曜、日曜、祝日のみ利用出来る。
   もっちぃ親子・孫乗り放題きっぷ 発行日より6ヶ月以内、乗車日当日限り有効1000円
1枚で大人1名と小学生以下2名まで、フラワー長井線全線乗り放題、ただし、大人だけでの利用は出来ない。

 それから、小学校生活が最後の一年となった6年生のお友達は、大人の半額で乗れる最後の一年でもあるから、たくさん乗ってとは言わないけれど、いつまでも心に残る様な鉄道の旅が出来る事を願っているよ。
 
  1年生のみんなと同級生になるデンシャをちょっと紹介しておくね。
    JR貨物 :タキ1200形  5月11日生まれ
    JR西日本:225系     5月18日生まれ
    JR東日本:HB−E300系 6月9日生まれ
    JR東日本:E6系Z1編成  7月6日生まれ
                     ※生まれた日は最初の編成が登場した日。
 
 

  
 
 
posted by 管理人:錯乱坊 at 22:09| Comment(0) | 鉄道徒然草